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大阪高等裁判所 昭和42年(ラ)311号 決定 1968年2月20日

抗告人(被審人) 大阪証券取引所

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙に記載のとおりである。

二  抗告理由一、(ロ)について。

抗告人の主張は、要するに、労働組合法第三二条前段の過料は、単純な義務の懈怠に対する制裁たる秩序罰ではなく、行政目的の侵害に対する制裁たる行政刑罰であるとの前提のもとに、従つて、

(1)  これを科するには対審、公開の訴訟手続によらなければならないのに、労働組合法第三二条前段は、これらの手続によらないで、非訟事件手続法第二〇六条以下の手続によつて、過料の名目で刑罰を科そうとする点において、憲法第三一条に違反し、また、

(2)  労働組合法第三二条前段は白地刑罰法規であるというべきところ、その過料の上限が画されていない点において、かつ、その構成要件の内容が緊急命令、実質的には労働委員会の救済命令によつて定められる点において、いずれも罪刑法定主義を規定する憲法第三一条に違反する、

というにある。

労働組合法第三二条前段は、使用者が同法第二七条第八項の規定による裁判所の命令(いわゆる緊急命令)に違反したときは過料に処する旨を定めている。労働委員会の救済命令は、労資関係を、不当労働行為が行なわれなかつたのと同様の状態に、事実として(法律的にではなく)回復させるため、使用者に公法上の義務を負担させる行政処分であつて、確定判決によつて取り消されるまでは公定力を有し、従つて、使用者は遅滞なく、その命ぜられた義務を履行すべき行政法上の義務を負うわけであるが、使用者が救済命令を不服としてその取消訴訟を提起し、右の義務に違反してこれを任意に履行しない限り、その実効を期することができず、取消訴訟の判決が確定するまでの間、労働者が困窮したり、労働組合が危殆にひんしたりして回復不能の損害を被るおそれがある。かくては折角の救済命令も画餅に帰してしまうところから、労働組合法第二七条第八項はいわゆる緊急命令の制度を設け、右判決確定までの間のいわば仮処分的なものとして、裁判所をして救済命令の内容及びその必要性を審査させることとし、裁判所が暫定的に救済命令の全部または一部を認可してその履行を命じた場合には、その違反に対しては過料の制裁をもつてし、同時に、右制裁を加えることによつて、間接的に、義務の履行を強制する効果をねらつたものである。

従つて、ここで科せられる過料は、使用者に対し心理的強制を加えることによつて、救済命令の定める義務の履行を間接的に強制する効果を伴うものである点において、執行罰的な機能をも果していることはいうまでもないが、将来にわたる義務の履行確保それ自体を直接の目的としてそのための手段として科せられるものではなく、その果す執行罰的な機能は、義務違反に対し制裁を科することに伴う付随的間接的な効果にすぎず、その本質は、あくまで過去になされた行政法上の義務違反に対する制裁としての行政罰にほかならない。そして、行政法上の義務違反に対しその制裁としていかなる行政罰を科するかは、結局は、立法政策の問題ではあるが、基本的には、それが直接に行政目的を侵害し、行政法規によつて維持される社会的法益の侵害にあたる場合には、反社会的行為として社会的非難を加える必要上、これに対しては行政刑罰を科することとし、一方、直接には行政目的を侵害し社会的法益に侵害を加えるのではないけれども、行政上の秩序に違反することによつて、間接に行政目的の達成に障害を生ずる危険があるにとどまる場合には、行為自体としては単純な義務の懈怠にすぎないから、これに対しては、直ちに行政刑罰を科すべきものとせず、秩序維持の見地から秩序罰としての過料を科するにとどめるのが通常である。労働組合法第二八条は、確定判決によつて支持された救済命令の違反行為に対しては、それが、不当労働行為を排除せんとする救済命令のもつ行政目的の実現に対する直接の侵害であり、救済命令によつて維持される社会的法益を侵害し、救済命令制度そのものの否定行為であるという面に着目して、これに行政刑罰を科するものであり、一方、同法第三二条前段は、救済命令の効力自体が争われている段階における緊急命令の違反行為は、救済命令が達成せんとする行政目的の実現に障害が生ずる危険があるけれども、行為自体は単純な行政法上の義務の懈怠にすぎず、救済命令制度の秩序維持の面から秩序罰たる過料を科するにとどめ、間接的に行政目的の実現を図ることを目的とするものである。従つて、労働組合法第三二条前段の過料は、秩序罰たる過料の性質を有するものであることが明らかであり、その過料の上限額が場合により相当高額になる可能性があるにしても、それは、不当労働行為を排除して救済命令制度の秩序を維持せんとする行政目的の達成実現に資するための観点から定められたものであつて、単に、そのことだけからこれを実質上の刑罰であるということはできない。

そして、行政法上の秩序罰たる過料を科する作用は、行政法秩序の維持のため法の定める義務の履行を確保せんとする国家の後見的監督作用に属し、実質上一種の行政作用の性質を有するものにほかならないから、裁判所がこれを科することとされている場合であつても、純然たる訴訟事件としての性質を有する刑罰を科する作用(固有の意味の司法作用)とは異り、憲法第八二条、第三二条の定めるところに従い公開の法廷における対審及び判決によつてこれを行なわなければならないものではない。

ただ、秩序罰たる過料であつても、これを科する作用は、国家が行為者からその意思に反して一方的に一定の金額を徴収して財産上の不利益を与える点において、刑罰たる罰金ないし科料に処する作用と異るところはないから、憲法第三一条はこの場合にも適用されるものと解するのが相当である。しかし、非訟事件手続法第二〇六条以下は、違法不当に過料に処せられることがないよう十分に配慮した手続を定めているのであるから、同法による過料の裁判は、もとより法律の定める適正な手続による裁判ということができるのであつて、それが憲法第三一条に違反するものでないことは明らかである。

かくして、労働組合法第三二条前段が、対審、公開の訴訟手続によらないで、非訟事件手続法第二〇六条以下の規定によつて過料に処することとしているのを、憲法第三一条違反ということはできない。

次に、労働組合法第三二条前段は、過料に処せられるべき行為の構成要件の内容が裁判所の緊急命令(実質的には労働委員会の救済命令)によつて補充決定されることを前提とし、緊急命令が作為を命ずるものであるときは、その命令の不履行の日数一日につき一〇万円の割合で算定した金額以下の過料に処する旨を定める。しかし、憲法第三一条は、過料に処せられるべき行為とこれに対して科せられる過料の上限額が法律によつて定められていることを要求しているにとどまり、過料に処せられるべき行為の構成要件の内容のすべてが法律によつて規定されていることを要求しているものではないし、また、この場合の過料の上限額は、一〇万円に不履行の日数を乗ずることによつておのずから客観的に確定されているのであつて、これを不確定ということはできず、上限額をそのような仕方で定めても何等法的安定性を害するものではないから、労働組合法第三二条前段を、罪刑法定主義を規定する憲法第三一条に違反するものということもできない。

この点に関する抗告理由は失当である。

三  抗告理由一、(イ)について。

抗告人の主張は、要するに、本件緊急命令のうち賃金相当額の遡及支払を命ずる部分は、その内容が不明確であるから、過料の制裁を科する実質的根拠とならないというべきであり、かかる内容不明確な緊急命令をもつて過料の制裁の根拠とした原決定は、罪刑法定主義を定めた憲法第三一条に違反するというにある。

本件緊急命令の内容は、「被申立人(抗告人)は、大阪地方裁判所昭和四二年(行ウ)第七二号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、大阪府地方労働委員会が同委員会昭和四一年(不)第三八号事件について昭和四二年五月四日付をもつてした命令(本件救済命令)のうち第一項に従わなければならない、」というものであり、また、本件救済命令の第一項は、「被申立人(抗告人)は、嶋吉一郎に対する昭和四一年一月二〇日付解雇を取り消し、原職に復帰させるとともに、解雇の翌日から原職復帰の日までの間に同人が受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない」というものであつて、嶋吉が受けるはずであつた賃金相当額の内容を、具体的な金額をもつて明示したものでなく、また、その算出基準を具体的に明示してなしたものでもないことは、抗告人の主張するとおりである。しかし、抗告人は、右解雇以前嶋吉をその従業員として雇傭しこれに賃金を支払つていたのであるから、嶋吉が右の期間中に受けるはずであつた賃金に相当する額は、抗告人にとつておのずから明らかであり、その具体的な金額ないし算出基準の明示のないことが、抗告人をして緊急命令の履行について疑義を生ぜしめ、ひいてはその履行を強いることが酷である程度に不明確なものとは、とうていいい得ないから、本件緊急命令のうち賃金相当額の遡及支払を命ずる部分が過料の制裁を科する根拠たり得ないものとすることはできず、従つて、これを根拠とした原決定を憲法第三一条に違反するものということはできない。抗告人の右主張は失当である。

四  抗告理由一、(ハ)について。

抗告人の主張は、要するに、緊急命令制度の趣旨目的に照らせば、そこで支払を命ぜられた賃金相当額とは、労働者の生活困窮を防止し得る金額を限度とするものと解すべきものであるから、労働基準法に定める平均賃金を参考とするのが相当であるところ、抗告人は、嶋吉に対しこれを基礎とした金額を支払つているから、本件緊急命令のうち賃金相当額の支払を命じた部分に違反するところはない、というにある。

救済命令は、すでに述べたとおり、不当労働行為が行なわれなかつたのと同様の事実上の状態を回復することを目的とするものであつて、労資間の私法上の法律関係を創設ないし変更するものではないから、そこで不当労働行為たる解雇の取消、原職への復帰が命ぜられても、使用者のなした解雇の意思表示が無効となつて被解雇者との間の私法上の雇傭契約が復活し、これに対する賃金支払義務が発生するというような法律効果が生ずるものではないし、いわんや、そこで賃金相当額の遡及支払が命ぜられても、もち論、解雇の無効を前提として雇傭契約に基く賃金そのものの支払を命じたものではない。しかし、救済命令が不当労働行為がなかつたのと同様の事実上の状態を回復することを目的とする以上、解雇が不当労働行為である場合には、その解雇が事実上なかつたのと同様の状態を作出するため、単に原職への復帰を命ずるにとどまらず、解雇の結果としてこれに伴う賃金不払の状態をも排除し、解雇がなかつたとすれば被解雇者が当然に得たであろう賃金を事実上失つたことによる金銭的損失をも除去し、使用者をしてこれを補顛せしめることが救済の実をあげるゆえんでもある。救済命令において命ぜられた賃金相当額の遡及支払は、かようにして解雇がなかつたのと同じ価値のある状態、つまり復職状態にできるだけ近い労資関係を事実として作出することを目的とするものである。そうだとすれば、本件救済命令が、単純に、嶋吉が受けるはずであつた賃金相当額の支払を命じ、その算出にあたり控除すべき金額ないし項目を特に明示していない以上、そこにいう賃金相当額とは、文字どおり、嶋吉が解雇されなかつたとすれば得べきはずであつた賃金(賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの――労働基準法第一一条)の全額に相当する金額をいうものであることは明白であるといわなければならない。

そして本件緊急命令は、右救済命令の内容をそのまま認可してその履行を命じたものであつて、抗告人が主張するように、生活の困窮を防止し得る金額の限度で、その賃金相当額の遡及支払を命じたものと解すべきものではないから、本件緊急命令がその実現確保を目指して遡及支払を命じた賃金相当額は、本件救済命令におけるそれと同金額であるというべきである。

しかるに、記録によれば、抗告人は嶋吉に対し、解雇後の賃金相当額として、労働基準法第一二条に準拠して、昭和四一年二月分及び三月分については解雇前三ケ月間の平均賃金、同年四月分から昭和四二年三月分までは右平均賃金に昭和四一年度本給増額分を加算した金額、昭和四二年四月分以降はこれにさらに同年度本給増額分を加算した金額、にそれぞれ相当する金額を支払つたのみであり、少くとも、昭和四一年夏期、同年冬期、昭和四二年夏期にそれぞれ嶋吉が受けるはずであつた一時金(賞与)に相当する金員の支払をしていないことが認められるから、抗告人は本件緊急命令のうち賃金相当額の遡及支払を命ずる部分の一部を履行せず、これに違反するものであることは明白である。

この点に関する抗告理由は失当である。

五  抗告理由二、について。

抗告人の主張は、抗告人は嶋吉を原職に復帰させているから、本件緊急命令のうち原職復帰を命ずる部分に違反するところはない、というにある。

記録によれば、次の事実が認められる。すなわち、嶋吉は解雇前抗告人の市場第三課市場第五係に所属し、同係員としての業務に従事していた。昭和四二年八月五日抗告人は本件緊急命令の送達を受けたので、同月八日、同係の主たる職場である市場第二部立会場の南及び北の出入口に掲示していた嶋吉に対する許可なく構内への立入りを禁止する旨の立看板を撤去して、立会場への出入りを認め、解雇に伴つて廃止した嶋吉の出勤簿を作成し、嶋吉に対し事務机、更衣用ロツカー等も与え、同月一四日には貸与被服について新規調整の発注手続をし、同月一五日には職員記章(立会場入場記章をも兼ねる)及び同月分食券を貸与または支給する等の措置を講じた。しかし、抗告人は、嶋吉の労務提供を全く期待しておらず、従つて、嶋吉が市場第三課第五係の業務に事実上就労するのを妨害はしないが、これに積極的に業務の指示を与えることもしないとの基本的態度を堅持している。元来、市場第三課市場第五係の業務は、第一ないし第三の三つのポストに分たれ、各ポストは主任一名、係員四名の計五名をもつて構成されていて、その業務内容は各ポストとも同様で、各ポスト毎に、係員全員で行なう業務と特定係員の行なう業務とに大別され、その大部分は、一定の順序に従つて反覆継続して行なわれる性質のものであつて、通常これについて逐一業務上の指示を与える必要のない種類のものが多い。そして、どの職員をどのポストに配置するかの割振りは、課長が決定し、その結果を業務分担表に記載してこれを掲示するのであるが、各ポストにおける業務のうち、係員全員で行なう業務の分担は、各ポスト毎にそこに配置された係員において自主的に担当を定める立前になつており、また、特定係員の行なう業務については、前記業務分担表に、その担当をすべき係員が記載されることによつて、その指示が与えられるという仕組みになつていて、右各職員の各ポストへの割振り、及び特定係員の行なう業務の指示は、三ケ月毎に編成替がなされ、その都度業務分担表が作成掲示されることになつている。ところで、抗告人は、嶋吉に対しては前記のような基本的態度をとり、これを他の一般職員と同じように取り扱うことはできないとしているため、嶋吉からどこで仕事をすればよいのかと尋ねられたときには、一応仕事をすべきポストを告げるという程度の指示を与えることによつて、嶋吉が就業するのを妨害しないけれども、積極的に業務分担表にその所属ポストを掲記することはせず、従つて、嶋吉は一応第一ポストの所属として、係員全員で行なう業務のうち、売買取引監視事務を除く業務についてはほぼ他の係員と同様に就労が認められ、現にこれに従事しているのであるが、業務分担表にその所属ポストが指定されていないところから、特定係員の行なう業務の指示からは除外され、これについては、就労できない状態におかれている。かようにして、嶋吉は抗告人の業務の一部を分担しているには違いないが、その分担の仕方は、抗告人の業務遂行の体制に完全に組み入れられた型ではなく、体制からはみ出した状態で就労しているものといわざるを得ない。かような事実が認められるのであつて、右事実によれば、抗告人は、本件緊急命令のうち原職への復帰を命ずる部分を完全には履行していないものというべきであるから、この点の抗告人の主張も理由がない。

六  抗告理由三、について。

抗告人は、原審が抗告人を過料二〇万円に処したのは重きに失すると主張する。しかし、上来認定にかかる抗告人の本件緊急命令に対する不履行の程度、態様、期間等を考慮すれば、これに対する過料二〇万円は相当と認められるのであつて、いまこれを取消ないし変更するの要を見ない。

七  以上のとおり抗告人の主張するところはいずれも失当であり、ほかに原決定にはこれを取り消すべき違法の点は見当らない。よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 小石寿夫 宮崎福二 松田延雄)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す

抗告人を処罰せず

手続費用は原審抗告審とも国庫の負担とする。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、原決定は、過料に処すべきでない事案について過料に処した点において違法であり、かつ憲法第三一条に違反している。

すなわち、原決定は、救済命令が確定判決によつて支持された場合と同一に取扱うものであつて、緊急命令の制度の趣旨を誤解した不当なものである。

(イ) 緊急命令は、その本案である不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定にいたるまでの暫定的な措置であつて、命令の必要性が特に強調され、その制度の実質的な機能は、団結権の擁護もさることながら、「救済命令取消の訴訟係属中における労働者の生活困窮を防止するという労働者の経済的利益の保全」にあることは疑のないところである(大阪地決・昭和二六年一一月一七日・労民集二巻六号七三三頁参照)。ところで過料の制裁は、その機能としては緊急命令の履行を確保する手段であるが、緊急命令の内容を強制的に実現できる範囲は、過料が憲法第三一条にいう刑罰に含まれるのであるから、前記緊急命令の制度の趣旨に限定し、明示されるべきである(「労使関係法運用の実情及び問題点」4・一四〇頁以下参照)。けだし労働組合法第三二条前段にいう過料は刑事手続における刑罰と実質的に異るところはなく、罪刑法定主義の精神は生かされなければならないからである。労働組合法第三二条前段は実質的には白地刑罰法規であるから構成要件は緊急命令において定められることになるが、規定の内容が十分に明確なものでなければならないことは罪刑法定主義の要請するところである。

ところで本件の緊急命令においては単に救済命令のうち第一項に従わなければならないというのみであつて、何ら限定し明示するところがない。過料事件においては、もはやかかる命令の当否を論ずべきでないが、命令の履行について疑義が生ずることはさけられない。

いわゆるバツクペイについて、本件命令は「解雇の翌日から原職復帰の日までの間に同人が受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならない」とするが、いかなる基準に基いて賃金相当額を算定すべきか、また何をもつて賃金相当額とするか、命令の内容が判然としていない。

このような内容の不明確な命令は、必ずしも違法とはいえないが、過料制裁の実質的な根拠とはならないと解すべきであり(柳川真佐夫・高島良一・「労働争訟」・三三〇頁参照)、かかる内容不明確な命令をもつて過料制裁の根拠とした原決定は、罪刑法定主義を定めた憲法第三一条に違反しているといわなければならない。

(ロ) ここでもつと根本的な問題として、本件過料の根拠規定である労働組合法第三二条前段を検討してみると、この規定自体が憲法第三一条に違反しているのではないかと考えられる。

すなわち、労働組合法第二八条と同第三二条前段とを比較してみると、その実質においては、ほぼ同性質の義務違反と考えられるのに、前者の場合は刑罰をもつて処せられ、後者の場合は過料に処せられる。ところが後者の場合の過料は金額的には多額であつて、例えば一年間不履行の事実が存在すれば、三、六五〇万円の過料となることも可能である。これは、いかに過料とはいえ苛酷な制裁であつて刑罰であるといわざるをえない。しかも過料の上限が画されていない点は、絶対的不定期刑を禁止する罪刑法定主義に反するものといわなければならない。

労働組合法第三二条前段の過料に処す手続は非訟事件手続法第二〇六条以下によつている。ところで非訟事件手続法第二〇六条以下の過料手続はいわゆる秩序罰たる過料に関するものである。秩序罰は、行為自体としては単純な義務の懈怠であつて、直接には行政目的を侵害し社会的法益に侵害を加えるものではなく、行政上の秩序に違反し間接に行政目的の達成に障害を生ずる危険があるに止る場合に課せられるものであると一般に解されている(田中二郎・「行政法総論」・四二二頁参照)。従つて一般には単純な義務違反であるから過料の金額も少額である(例えば住民登録法第三一条第一項参照)。

しかし労働組合法第三二条前段の過料は単純な義務の懈怠に対する制裁ではない。過料の金額が非常に高額であるところからみても、行政目的の侵害即ち実質的違法性を考慮したものといわぜるをえない。

そうであるとするならば、これはまさに行政刑罰であつて秩序罰ではなく、制裁手続は非訟事件手続法によるのではなく刑事訴訟法によらなければならない。そして対審・公開の訴訟手続によるべきであり、憲法、刑事訴訟法に保障された権利が与えられねばならない。単に非訟事件手続法第二〇七条第二項により陳述の機会を与えるだけでは十分な権利の保障とはいえない。

労働組合法第三二条前段は過料の名目で刑罰(財産刑)を課そうとするものであり、憲法第三一条に違反する。

また、労働組合法第三二条前段の過料の制裁の機能を緊急命令の履行の確保とみるならば、この過料はいわゆる執行罰的性格を有することとなる。そうであるならば、過去の違反事実に対する処罰ではなく、将来の義務の履行を確保するための手段とみなければならない。

この場合は、旧河川法第五三条にみられるように過料に処することを予告して履行を命ずることが制度的に保障されていなければならない。本件の場合右のような予告のなかつたことは明らかである。

本件命令の発令後大阪府地方労働委員会は緊急命令の履行について調査期日を開いたが、その際自己の発令した救済命令につき疑義が生じているにもかかわらず何ら自己の見解も示さず履行の要請もしなかつたのである(同委員会作成の調書参照)。

労働委員会としては裁判所に対し不履行の通知をする前に自己の発した命令につき十分その趣旨を説明し、任意の履行を勧告すべきであるとともに、裁判所に対しても自己の見解を明らかにしておくべきである。

本件のように不意打的に過料の制裁を求めるべきではない。また裁判所も過料の決定をなす前に履行の勧告をすべきである。

労働組合法第三二条前段の過料を執行罰と解するならば右の措置は制度上当然認められるべきであつて、かかる措置を欠く過料手続は適正な手続とはいえず、憲法第三一条に違反しているといわざるをえない。しかし過料の金額が非常に高額であることから考えれば、執行罰とはいいがたく、やはり実質は過料でなく刑罰であるといわざるをえない。労働組合法第三二条前段にいう過料は刑罰にほかならないこと前述のとおりであるから、労働組合法第三二条前段はいわゆる白地刑罰法規である。従つて構成要件の内容は緊急命令、実質的には労働委員会の救済命令によつて定まるわけであるが、構成要件の内容を労働委員会の命令によつて定めること自体、罪刑法定主義を規定する憲法第三一条に違反するといわざるをえない。

(ハ) かりにかかる命令も過料制裁の根拠となるにしても、過料の根拠となる命令の内容は緊急命令の制度の趣旨に照らして解釈上確定されていなければならない。

しかるとき金員の支払については、労働者の生活困窮を防止できる限度で賃金相当額を決定すべきであり、この場合実質的には緊急命令と同一の機能を果している地位保全の仮処分制度と同様に労働基準法に定める平均賃金を参考とするのが相当であり、また身分関係が争われている事案にあつてはむしろ公平である(なお昭和四二年九月二〇日付陳述書二頁以下参照)。

抗告人は、前掲陳述書添付の資料Iに記載する計算書の通りの金員を支払つており、また緊急命令が発せられた後金四七、八二九円を毎月二〇日限り支払つているのである。従つて、これによつて本件命令の趣旨に副つた金員の支払はなされており、これ以上過料の制裁をもつて金員の支払を強制すべきものはないのである。

原決定は、本件命令にいう賃金相当額とは「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と判示しているが、労働基準法に規定する賃金と本件命令にいう賃金相当額とを混同している点において失当である。

緊急命令は、私法上の法律関係を形成するものではないから、抗告人の嶋吉一郎に対する解雇は無効となるわけではなく、従つて労働の対価としての賃金を抗告人が嶋吉一郎に対して支払う義務はない。

抗告人が緊急命令によつて履行を強制される賃金相当額は私法上の法律関係とは別個に決定すべきであり、しかるとき緊急命令の制度の趣旨、目的よりして独自に決定されなければならないことは前述のとおりである。原審は解雇が無効であることを前提にして賃金相当額を決定したものであつて、失当であるといわざるをえない。ちなみに、抗告人が緊急命令の一部を履行していないとして大阪府地方労働委員会がなした不履行通知においても、抗告人が支払つた賃金遡及払において計算の基礎とした平均賃金については触れるところなく、昭和四一年夏期、冬期、昭和四二年夏期の一時金を支払つていないことの指摘があるのみであつて、労働委員会は原決定に判示されたごとく労働基準法第一一条に規定する賃金の条理に従つた金員の支払を求めているものでないと解せられるのである。

況んや過料の制裁をもつてしても履行を確保しなければならない範囲と、任意の履行を期待すべき範囲とを同一に論じている点でも失当である。

強制的に命令の内容を実現すべき範囲は、緊急命令の制度の趣旨から当然限定されているのであつて、救済命令が確定したのと全く同一の取扱をさせることは、事実上救済命令取消訴訟の取下を強要することになり不当である。

(ニ) 要するに本件命令のうち、賃金相当額を命ずる部分は、過料制裁の根拠とすることはできないものであり、かりに過料の制裁の根拠となるにしても、本件の場合は命令違反の事実がないから、いずれにしても原決定は違法である。

二、原決定には、決定に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある。

原審の認定した事実によれば原職復帰について抗告人は「嶋吉一郎に対し、その労働力に期待しないとして、単に同人の任意の就労を妨害しない限度で同人の職場への出入を認容し、同人に対する事務机、更衣用ロツカー等を与えているに過ぎず、嶋吉一郎が解雇される前に所属していた被審人(抗告人)の市場第三課第五係における業務分担については、定期的に事務分担表に労働者の氏名を記載して業務分担を指示するのが通常の取扱であるにもかかわらず、嶋吉一郎については殊更同人の氏名の記載をしないことにより明確な業務の指示をなさず」ということである。

しかしながら右のような事実は原審にあらわれた証拠によつては認定できない。

すなわち、市場第三課市場第五係においては包括的な指示により、業務は支障なく運営されており、逐一業務上の指示をする必要はない。抗告人は嶋吉一郎に対し、所属長の指示により市場第二部第一ポストの業務を暫定的に担当させており、現に嶋吉一郎は第一ポストにおいて就労しているのである。嶋吉一郎を第一ポストの担当としたのは従前同人がそのポストを担当していたことと、たまたま第一ポストが他のポストに比べて依願退職者により一名人員が減少していたからであり、他のポストとの人員のバランスを考慮した結果にほかならない(以上鷹取信夫の証言ならびに前掲陳述書四頁以下および添付資料II・III参照)。

原審は、抗告人が業務分担表に嶋吉一郎の氏名を記載しなかつたことをもつて、「明確な業務の指示をなさず」と認定しているが、抗告人は業務分担表に記載することによつてのみ業務の指示を行なつているものではない。もともと労働者個人に担当のポストを指示することが本則であつて、業務分担表の記載はむしろ指示の結果にすぎない。抗告人においては事業の性格またはその業務内容が他の事業と対比して特殊なものであることから、特に嶋吉一郎の所属していたところの市場業務の指示は、すべてに亘つて日々逐一行う必要はなく、担当ポストのみを指定することによつて目的を達するのであつて、そもそも業務の指示について明確・不明確という問題は生じないのである。分担表には、市場第三課市場第五係の担当する業務のうち、日々反覆継続して行う業務を主として記載していることから分担表に記載された業務においても嶋吉一郎以外の従業員について氏名が記載されていない場合もあり、ことさら氏名の記載を問題視すべきではない。抗告人は嶋吉一郎に対して口頭で第一ポストを担当するよう指示し、現に嶋吉一郎は就労しているのであるから(鷹取信夫の証言参照)、分担表に氏名が記載されていないことは問題とならない。原決定のように分担表に記載することによつてのみ明確な指示が与えられるとの見解は実情を無視した独断といわなければならない。分担表に記載していないという事実のみをもつて過料に処する理由とすることは、いかに原決定が不当なものであるかを明らかにしているといつても過言ではない(なお、抗告人は、原審において、市場業務の特殊性に鑑み現場検証を申請したのであるが、実現をみなかつたことを付記しておく)。

現に嶋吉一郎が事実上他の従業員とともに就労している事実が存在している以上、原職復帰については本件命令は履行されており、命令違反の事実は全く存在しない。抗告人が同人に対し分担表に氏名を記載しなかつたことをもつて、明確な業務の指示をせず、あたかも同人が就労していないかのごとき原審の認定は、明白な事実誤認である。

なお嶋吉一郎の出勤ならびに就労状況は前掲陳述書添付の資料IIIの通りであつて、同人が満足に就労する意思があるのかどうか疑わしく、抗告人が同人の就労を期待しないとするのも従前の経過(前掲陳述書添付の訴状参照)とあわせて無理からぬ事情がある。

しかし抗告人は前述のとおり嶋吉一郎に対し、担当ポストを指定して業務上の指示をし、同人の就労を認めているのであつて、本件命令には何ら違反しておらない。命令違反の事実が存在しないにもかかわらず、存在するとして過料に処した原決定は違法である。

なお原決定によれば、抗告人は「昭和四〇年度平均賃金及び昭和四一年度本給増額分を加算した金額により計算した金員を支払つたのみ」であるとのことであるが、抗告人は昭和四二年度の本給増額分についても加算しており(前掲陳述書添付の資料I参照)、この点においても原決定には事実誤認がある。

三、本件はもともと過料に処すべき事案でないが、かりに原審が認定した事実が存在するとしても本件は軽微な事案であつて、原決定の過料は重きに失する。

すでに述べたように金員の支払について本件命令は過料の制裁の根拠とならないものであり、また原職復帰については命令違反の事実が存在しないのであるから、本件は過料に処すべき事案ではない。

かりに本件命令について原審の解釈が正当であり、原審の認定したとおりの事実が存在するとしても、命令の履行について過料の制裁によつて強制されるべき範囲に属さないことは一件記録上明らかである。従前の労働組合法違反の過料事件において過料に処せられたのは一・二の例外を除き命令の全部不履行であつて、本件のような事案において過料に処せられた事件は、その内容または過料額において見当らないところである(昭和四二年一〇月九日付意見書添付の一覧表参照)。

本件においては緊急命令は実質的には履行されており、過料の制裁を課してまで履行を強制すべき余地はないのである。さればこそ検察官においても「右過料事件については処罰不要と思料する」との意見を付したのであつて、原審はこの意見を尊重すべきであつたのである。

しかるに原審は緊急命令の実質的な機能と制度の趣旨を理解せず、全くの形式論でもつて抗告人は本件命令に違反しているとして過料に処したが、これは不当かつ違法である。

かりに原決定に指摘する部分が命令の不履行であるとしても、その内容、不履行期間、または抗告人が緊急命令に対処し、命令の遵守について可能な限りの措置を講じた事実等を勘案し、さらに従前過料に処せられた事件と比較検討するならば、本件は不当に重きに失するものといわなければならない。

四、よつていずれの点からみても原決定は、不当かつ違法であるから、抗告の趣旨記載のとおりの裁判を求める。

〔参考資料〕

労働組合法違反過料事件

(大阪地方昭和四二年(ホ)第二八五四号 昭和四二年一〇月二四日決定)

被審人 大阪証券取引所

主文

被審人を過料金二〇万円に処する。

手続費用は被審人の負担とする。

理由

被審人は、大阪府地方労働委員会の申立にかかる当裁判所昭和四二年行(ク)第一二号労働組合法第二七条第八項に基く命令の申立事件につき、その被申立人として、当裁判所から昭和四二年八月二日緊急命令が発せられ、右命令は同年同月五日被審人に送達された。

右命令によれば、被審人は、被審人を原告、前記労働委員会を被告とする当庁昭和四二年行(ウ)第七二号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定に至るまで、右労働委員会が同委員会昭和四一年(不)第三八号事件について昭和四二年五月四日づけを以てした命令のうち第一項に従わなければならない旨命ぜられ、右労働委員会の命令第一項は、被審人が、嶋吉一郎に対する昭和四一年一月二〇日づけ解雇を取り消し、原職に復帰させるとともに、解雇の翌日から原職復帰の日までの間に同人が受けるはずであつた賃金相当額を支払わなければならないことを命じている。

ところで、右命令は解雇された嶋吉一郎を事実として救済するものであるから、原職復帰の命令は労働慣行の正常な状態を可能な限り事実として回復せしめることを命じているものであり、賃金遡及払については不利益を受けていた期間にうべかりし収入を受けさせようとするものであつて、特に賃金の支払限度を限定せず、解雇の翌日から原職復帰の日までの間に受けるはずであつた賃金相当額と明示している本件命令にあつては、その支払限度は賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうものと解するのが相当である(労働基準法第一一条参照)。

しかるに、被審人は、右労働委員会の命令が違法であると主張し、これが取消の行政訴訟において勝訴の判決を受けた場合に備え、緊急命令の履行についても、嶋吉一郎に対し、その労働力に期待しないとして、単に同人の任意の就労を妨害しない限度で同人の職場への出入を認容し、同人に対する事務机、更衣用ロツカー等を与えているに過ぎず、嶋吉一郎が解雇される前に所属していた被審人の市場第三課市場第五係における業務分担については、定期的に業務分担表に労働者の氏名を記載して業務分担を指示するのが通常の取扱であるにもかかわらず、嶋吉一郎については殊更同人の氏名の記載をしないことにより明確な業務の指示をなさず、又解雇後の賃金については、昭和四〇年度平均賃金及び昭和四一年度本給増額分を加算した金額により計算した金員を支払つたのみで、昭和四一年夏期、同年冬期及び昭和四二年夏期に同人に支給すべき一時金(賞与)に相当する金員の支払をなさず、緊急命令により命ぜられた義務のうち一部の履行をしない。

右事実は、本件記録により明らかであるから、労働組合法第三二条前段、非訟事件手続法第二〇七条第四項により主文のとおり決定する。

(裁判官 志水義文)

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